パジャマを脱がして。

思ったこと、考えたこと、コンプレックスを記録するブログ。

ラジオの中のあの学校の話

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お題「好きなラジオ番組」

 

 初めてお題スロットを使いました。好きなラジオ番組の話です。 

 

 TOKYO FM系列で平日の22:00~24:00にかけて放送しているSCHOOL OF LOCK!という番組が好きでした。でした、というと終わったいで誤解されそうですが今も開校しています。私が現在リスナーじゃないだけです。

 

 この番組はラジオの中の学校という設定で、未来の鍵を握るラジオの中の学校をコンセプトにしています。なのでDJは校長先生と教頭先生、リスナーは生徒、私のように昔聞いていた人は卒業生と呼んでいます。番組中の様々なコーナーは10代に人気のある芸能人やアーティストが日替わりで担当しており、彼らも先生にあたります。まぁここら辺は公式HPとWikiを見た方が詳しいです。

 

 私が現役で聴いていたころの先生は、校長は俳優の山崎樹範さん、教頭はお笑い芸人のマンボウやしろさんでした。

 アーティストは、アジカンとかチャットモンチーとかBaseBallBearとかYUIとか9mmとか何か月かに数回バンプやってたりしてました。Perfumeは今も先生やってるみたいだけど。

 ここまで書いて、だいぶ懐かしい気持ちになってきた…。

 女優、女性タレント枠は榮倉奈々さん、堀北真希さん、新垣結衣さん、戸田恵梨香さん、栗山千明さん、北乃きいさん…等々なかなかそうそうたるメンバーでした。

 

 私がSOL在校生だった時は、番組HPの掲示板に書き込むと校長たちが放送中読んでくれたり、電話がつながったり、書き込みを見た生徒どうりが返信しあったりして番組を形造っていました。あと高校生バンドの発掘企画みたいなの。閃光ライオット、今もやってるのかな。今はこのあたりも変わったのかな。ラジオドラマとか、小説の応募もあったよね。

 出演者のラインナップよりも、掲示板で先生・生徒まぜこぜのやり取りや、リスナーが出演するイベントの開催など、リスナー参加度が高いことがティーンの心をつかんだのかなぁと、大人になって思っています。

 番組聞いていたらスタッフから電話かかってきて、「もしかしたら校長たちとつなぐかもしれないからスタンバイしてくれ」って言われると、もうドキドキしてましたね。絶対につながるってわけじゃないんですけど、それはそれで次はもっと面白いこと書き込もうとなりました。

 

 なかなか電話つながらないなー。まっいっか!と過ごしていましたが、1度だけ、やましげ校長やしろ教頭とお話しできました。

 リスナーが何かの音を出すから、なんの音かを先生たちが当てる企画で兄に電話がつながったことがあります。兄が出した音は、砂壁を恐竜の模型でひっかく音という絶対わかんねぇし、わからせる気ねーだろ!!というものでした。(他のリスナーもみんなこんな感じでしたが)

 兄の音に対して大喜利する校長・教頭が面白いし、壁が傷んじゃうのに馬鹿なことをしている兄がおかしくて、隣にいた私が笑っていたら声が拾われてしまったようで、校長・教頭が「なんか妖精の声がするぞ!」と言い出しました。余談ですが、当時の私は妖精って言うよりオークな見た目でした。

 妖精の声がする!発言で、兄が妹(私)の声だと言ったら、校長たちが代わって!と言ってくれて、念願かなってお話しできました。ヒントちょうだい!と言われたり、珍回答に巻き込まれたりしてとても楽しかったです。

 でも一番うれしかったのは、「きれいな声をしている」と言われたことでした。

 子どもの時、普段から家族に声が低くて汚いと言われていたので、声がコンプレックスで話すことは得意ではありませんでした。それでもSOLの電話に出たい!と強く思っていましたし、そんな思いがあった上でつながった電話(兄の力ですが)で「声がきれい」と言われたことは嬉しくて嬉しくて、その日の放送が終わり布団に入った時、ちょっとだけ泣きました。

  それと大学受験の前日、緊張を抑え込みながらホテルで勉強をしながらSOLを聞いていた時、受験が不安だから校長に応援して欲しい内容の書き込みを読んでもらったのも思い出です。無事にそこの大学には合格し、楽しい4年間を過ごせました。大学進学とともにだんだん聞かなくなり、この間たまたま車のラジオで聞いて「まだやってたんだ!」と嬉しくなりました。

 

 

 幼稚園~高校まで、いじめられっ子ではないけどクラスに馴染めず、家庭も小さなトラブルが常に転がっている生活だったからか、10代の頃はとにかく消えたい、遠くに行きたい、なんて気持ちが強かったです。ですが実際に家出することもできず、転校したいとも言えず悶々としていましたが、兄にSOLを教えてもらえて本当に良かったです。

 番組を聞いて、掲示板を見て、クラスメイトには言えないことや、家族に聞いて欲しいけど聞いてもらえない些細なこと、本当に意味のないくだらないこと、なんでも言えるし、聞いてくれる人って本当にいるんだ!といった気づきを与えてもらいました。

 また通学している学校に馴染めなくても、ラジオの学校で和気あいあいとすることで、本来の学校での充足を補っていたのかもしれません。

 

 はっきり言って、小・中・高校は嫌いです。母校愛なんてありません。ですが、そこに向かなかった気持ちがSOLに向かい、正しく昇華されたとしたら。あなたの作った番組で、学校の楽しさを覚えた人がいるよと言ったら、その人は喜んでくれるでしょうか。私みたいなティーンエイジャーが救われるでしょうか。

 たまには母校を訪問しようかな。

 

お笑い芸人の優しさのバランスの話

 明けましておめでとうございます。

 お正月前後はお笑い番組が多くて嬉しいです。

 わたしは普段テレビは見ませんが、ひたすらネタが披露されるタイプのお笑い番組(エンタとか)とアニメはよく録画します。本記事は2016年見たお笑いに対する雑感をつらねたものです。

 

 2016年のお笑いって、優しいネタが多かったですね。キングオブコントで披露されたネタの多くが、シュールと思いやりのミックスだったのが印象的でした。

 それとピコ太郎のPPAPや平野ノラのバブル芸もブレイクしましたね。あれもバブル寒いわwwwとかならない上手いバランスだったと思います。個人的に、平野ノラは年末なにかの番組で不倫ネタでいじられるベッキーにシャンプーの銘柄聞いて空気を変えたのが優しいな、と思いました。

 そう言えば、ピコ太郎にしても平野ノラにしても、見た目が派手な人も多かったのでしょうかね。メイプル超合金とか。芸人は見た目のインパクトも大事だから全体的に派手なので、なんとも言えませんが…。

 メイプル超合金と言えば、カズレーザーの人生相談みたいなのが神ってるとネットで話題でしたね。一方を責めず、自分に自信を持つよう説くのはどの回答も一貫しており、自信を持とうって思わせる力が強いなと感じました。相方の安藤なつさんも「カズは頭がいい」とおっしゃっていましたが、賢さや思慮深さがいやらしくなくてカズレーザーの大好きポイントが爆上がりしました。メイプル超合金は、なつさんが「子ども欲しい」って言ったらカズレーザーが「俺が養子になるよ、頭バグってるけど」ってネタが面白かったです。

 

 しかし優しさネタと言うか、誰も傷つかない部分がピックアップされすぎると、それはそれで窮屈になってしまいそうだし、私は去年~年始の傾向に満足していますが「優しさの押し売りウザい」「毒っけがないのなら誰でもできる」といった人もいるし、それもそう…?と色々考えてしまいました。なんだかアメリカ大統領選挙戦のよもやま話を思い出しました、配慮しすぎてメリークリスマスが言えないとかの。

 個人的には多くのネタにおいて、優しさと笑いのバランスに満足しています。こういうテーマでこんなネタか~など、芸人の発想にはいつも笑わせてもらっています。この記事だけだとキツい芸が嫌いと思われそうですが、そんなことありません、好きです。ですがキツい芸はコント等の中に納まっているのなら好きなのですが、バラエティ番組などトークの部分になると苦手です。ですから、司会者やゲストのトークが挟まれないタイプのお笑い番組が好きです。バラエティ番組が苦手ってことも、いつか書こうと思っていますが、何せ筆無精なもので書いておりません。

 

2017年はどんな芸人が流行るのかな、もう界隈の人は予想しているんだろうな、など期待しながら筆を置きます。

雨と耳

 とても久しぶりに記事を作る。

 前回は続きもので、途中まで書いていたのに放置していた。急かされるものでもないから、またゆっくり書こう。

 

 雨の日は体調が悪くなる人がいる。例に漏れず私もその一人だ。

 頭痛がする、何となくだるい。こういった症状は子供の時からの付き合いだ。痛いと言っても薬が必要なほどでもない。温かい飲み物を摂って、しばらく目をつぶったなら平気だ。

 しかし社会人になってから、雨の日の客が増えた。

 実は仕事のストレスで、春から右耳の調子が悪い。内側の激しいズキズキした痛み、外から鋭く突かれたような痛み、耳閉感と聞こえにくさ、汽笛のような耳鳴りと音叉を殴りつけているような耳鳴り、ふわふわとしためまい-書き連ねるとたくさんの症状があがるが、検査では耳そのものに異常はなく、以前から患っている自律神経失調症の一つと片づけられているのが現状だ。(確かにストレスが和らいでいる時は症状は軽い)

 この耳の違和感こそが、新しい雨の日の客である。

 この客は雨に敏感なようで、激しく降るなら同じように騒ぎ立て、雨があがるとそろそろと帰っていく。しかし次に訪問する理由のためなのか、必ず耳閉感の忘れ物をしていくのだ。そして耳閉感は取りに戻って来てもらうことなく、春からずっと私の中に居座っている。

 私はこの耳閉感が嫌いだ。彼がいると外からの音がよく聞こえない気がする。それなのに自分の息づかいは反響し、聞きたくもないのに聞かせてくる。息遣いの反響は、今、自分はとても息が荒いのでは?やかましいのでは?見苦しいのでは?と心配にさせ、息をひそめさせる。当然苦しい。苦しくて焦る。気が付くと耳には痛みや耳鳴りと言った客まで入り込んでいる。これが雨の日では「おう、ちょっと雨宿りさせてくれや」と言うように図々しく長居するのだ。

 初めのうちはお客様お帰りくださいと、こちらが頭を下げ、しばらくじっと床を見つめていたらスゥといなくなってくれた。しかし低姿勢で出すぎて舐められたのか、最近は頭を下げようが暴れようが、客の気分次第で帰る帰らないが決められているようだ。まったく迷惑である。お客様は神様ではない。神かどうかは私が決めることだ。

 

 雨はそこまで好きじゃなかった。たぶんこれからも好きではない。裏日本は雨雪曇りばかりだから、慣れても好きになれない。しかも不躾な客までいる。

 雨は好きじゃない。

 

70kgから45kgまで痩せた話①

 夏も終わりに向かっていますが、TLには毎日のようにダイエットに勤しむ方々が日々の頑張りや辛さ、投げ出した旨を報告してくださっています。また、私も万年ダイエッターの一人です。

 タイトルの通り、私は70kgから45kgまで痩せました。2年かかりました。年数から察せるように、ジムに通ったりサプリを買ったりエステに通ったわけではありません。貧乏学生でしたので。

 今回は貧乏大学生だった私がどうやって痩せたのか、痩せて良かった話、悪い話などをまとめますのでダイエット戦士のみなさんの参考になりますように。

 

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  1. ダイエット前のスペックと太り方
  2. 痩せた方法と今も継続していること
  3. ダイエットで変わったこと・明るい話編
  4. ダイエットで変わったこと・暗い話編
  5. まとめ

1.ダイエット前のスペックと太り方

 ダイエット前のスペック(最重量値)とダイエットの結果(最軽量値)はタイトルの通りですが、現在の結果も含めて、もう少し詳細に示しましょう。

 

○スタート時     ○ピーク時     ○現在

年齢:18歳     年齢:20歳    年齢:23歳

身長:165cm →  身長:165cm → 身長:165cm

体重:70kg     体重:45kg      体重:48kg

                  体脂肪率:22%

                  *体脂肪率は現在しか計測していません

 ピーク時と比較したら現在は少し重たくなりましたが、身長を考えたらまずまず問題ないと思っています。BMIだけで見たらギリギリ注意されない程度ですので、個人的にはもっと筋肉をつけたいところです。

 ここに至るまでの道を書いていくのですが、その前にどんなデブだったのかを振り返ります。

 デブにも色んなパターンがありますので、思いつくだけ簡単にまとめました。

①脂肪・ぜい肉デブ

②むくみデブ

③骨太・筋肉デブ

④お薬の副作用

⑤上記のハイブリッド種

 と、言ったところでしょうか。についてはお力になれないです。まずは治療を終えることに専念しましょう。副作用で太るから…と言って、勝手にお薬さぼっちゃいけませんよ。その方がデブであることより、もっと辛い思いをしますからね。の方はお医者様とお薬のタイプや、日常生活で気を付けることなど相談してみてくださいね。ひょっとしたら少しだけでも改善するかもしれません。

 さて、あなたは残りの4つのタイプのどれでしょうか?恐らくですがが一番多いと思います。私もが合わさっていました。自分の経験をまとめるので、もしかしたらの方はあまり役に立たないかもしれません…ごめんなさい。もともと骨太ではありません。

 では、どうして私がデブになったかと言いますと食べ過ぎ&運動不足です。王道デブです。

 私がデブになったのは高校生でした。小学校6年間は水泳を習い、中学時代は駅まで30分自転車を漕ぎ、20分電車内で立ち、さらに20分歩いて通学していました。部活は文化部だったのでそれ以上の運動はしていなかったですが、健康診断は全く問題なく、むしろ痩せている方でした。

 ですが高校生になってから色々と変化してしまいました。中高一貫校に通っていたため通学手段は変わるはずなかったのですが、家庭の事情で母が学校近くに転勤することになりました。そのため通える時は親子一緒になり、私は母の運転する車で通学することになってしうのです。

 車通学は楽でした。電車に間に合わないと!というプレッシャーもなく(田舎だから1本逃すと次は1時間後)、雨の日も雪の日も濡れないし、寒くなく暑くなく、座っていられるから予習もできる…母とケンカさえしなければ快適空間です。

 ここでみなさんの頭に「運動不足」がよぎったでしょう。その通りです。

 しかしもっと強力なデブの沼に引きずり込まてしまったのです。

 それは「おやつ」です。

 母は元々他人に食べ物を与えたがる人間で、「成長期なんだから食べないと!」と言行きも帰りも何かしらを食べさせてきました。正直、朝ごはん食べたばかりだし、帰宅したらそんなに待たずに夕食なんだから何も食べたくありませんでした。それに私自身大食いではありません。

 しかし母は断られたり、意見に反対されると激しく怒り、後日まったく関係ない時も「あの時…」と持ち出すタイプで非常にめんどくさいため、出されたおやつは食べていました。

 「もっと食べないと!」は食事にも反映され、食べたくないのに大盛り、食べたくないのにデザート、と言った具合で辟易しておりました。

  また、母が夜勤や習い事のため私が食事を用意する時にも、母が用意した材料すべてを使いきらなくてはいけないルールがあり、これもなかなか手ごわかったです。自分で作る時くらいは自分の好きなものを、好きな量だけ食べたいのに、ルールを破ると怒られるしな…と思い、仕方なく従っていました。

 おかけで高校1年の秋には50kgなかった体重は60kgに、高校を卒業するころには70kgまで増加しました。

 さすがにヤバイとは思っておりましたが、ダイエットの決定打となったのは大学入学前にスーツを買った時でした。

 

 スーツのサイズ、13号。

 

 13号。

 血の気が引きました。

 同時に「あっ、私ってほんとにデブなんだな。」と妙にしっくり来たことも覚えております。

 試着したスーツを汗をかきながら脱いでいる最中、せっかくのキャンパスライフ、汗と脂で汚したくねぇ!!!と奮起し、入学と同時にダイエットを決意したのでした。

 

 ②からはダイエットの方法などを書いていきます。

 

 

 

 

好きだった人の話


泉まくら - 君のこと

 大学生の時、好きだった人がいた。その人が夢に出てきて、いろいろと思うことが出たため、したためることにした。

 

 彼とはバイト先で知り合い、共通の知り合いもいたから仲良くなるには時間がかからなかった。

 明るくて、よく笑い、よく気が付く、だけど少し坊ちゃん気質というか面倒を看てあげないとならない抜けた所があって、とても良い感じの男性だった。一方の私は協調性に欠けており、面倒を看なければ頼ることもしないタイプで、そのことは自覚していたし気に病んでいたから、彼の人懐こさのおかげでバイトに溶け込めたことに今でも感謝している。

 また、私と彼はオタク趣味という共通点もあり、お互いに好きな作品をすすめあったりしていた。二人ともオタクであることを隠すつもりもなかったため、リラックスして好きなものの話ができることはとても楽しかった。

 私が彼―以降Tくんとする―を好きになったのは、はっきりと思い出せない。最初から好きだったとも言えるし、思い返して好きになったのかもしれない。それなのに学生時も今も、Tくんのことを考えると「好きだなぁ」と思い、少しだけ微笑んでしまうのだ。

 

 Tくんとは大きなケンカやいがみ合いはしたことが無い。ただ、一方的にわたし一人でモヤモヤしたり、やきもちを妬いたことはある。

 社交的なTくんは彼の専攻の関係もあって、よく女の子といた。最初は何とも思っていなかったし、わたしも専攻の関係でよく男の子といたくせに、いつの間にか女の子たちと親しげにしているTくんを見たくないと思っていた。女の子に囲まれたTくんを見ても何もなさげにしていたつもりが、ムッとしていたこともあったようで、一度Tくんに「どうしたの?」と、突っ込まれたことがある。

 「俺が女子に囲まれていて、やきもち妬いているの?」

 と、笑いながら言われ、恥ずかしいやら、気を使わせたことへの申しわけなさやらでどきどきしながら、

 「そうだよ」

 と、ぶっきらぼうに言ってしまった。私はそのまま講義に行ったため、Tくんの顔を見ていない。その後バイトで会った時に、「ごめんね」と謝られた。Tくんは犬顔だったため、怒られた犬にそっくりで余計に申しわけない気持ちになった。私も謝り、その日のTくんの賄いはいつもより多めに盛り付けてあげた。

 こんな我がままなことをしてもTくんは一度だって私を怒ることをせず、冷たくあしらうこともなかった。

 

 

 私はTくんのことが好きなのに、一方で他の男性に言い寄られたらお付き合いしてしまうルーズなやつだった。

 と言うのも、別にわたしとTくんが恋人どうしでもなければ、Tくんのことが好きだとはっきり言ったこともなかったため許されるだろうと思っていたからだ。それ以上に、「好きな人くらいいないといけない」「この年齢になったら、こういう人付き合いをしているのが当然」と言った考えに過剰に怯えていたため、別に好きでもない人と付き合ったりをしていた時期があった。そんなものだから、交際相手にさほど情もわかず、すぐに別れてしまうことを繰り返していた。

 おそらく共通の知り合いを通じて、わたしのだらしなくて破たんした恋愛生活は筒抜けだったろうが、Tくんは一度も男女交際に関して苦言を呈したり、茶化すことがなかった。そういう所が余計に好きにさせた。ただ好きではあったものの、付き合いたいとはならなかった。付き合うには秘密が多すぎるな、と自分のコンプレックスを気にしていた。半分は自業自得だけど。わたしは昔からめんどくさいのだ。

 Tくんはと言うと、彼女ができたと聞いたことはなかった。本人もよくモテないネタを口にしていたけど、そんなことはなかった。少しクセのある人だったけど、問題視するようなものではなかったし、Tくんが好きだという女子もそれなりにいた。なのに彼女ができなかった(作らなかった?)理由はわからずじまいだったし、何となく知りたくない気持ちもあった。

 

 週の半分はバイトで会い、時々バイト上がりに食事をしたり、あても無く散歩をしたりし、好きなアニメの話やそれぞれの研究や将来の話をするだけの関係だった。結局、深入りせず、性別等どうしようもない所で変な線引きをしない相手だったから、居心地が良かっただけかもしれない。そんな相手に自力で出会えたから嬉しかっただけかもしれない。

 大学進学に合わせて一人立ちするまで、親からの干渉に悩まされていたため、ほとんど自分で納得し決断することがなかった。そんな人間が自力の美味しさを覚え始めた時に出会ったのがTくんだったから、忘れられないくらい好きになったのかもしれない。

 

 

 忘れらない出来事がたくさんある。バイト終わりに買ってくれた缶コーヒーの銘柄や、直らなかった変な寝癖や、褒められたスカートや、本当に些細なことばかりだけど。唯一、些細ではない出来事もある。

 最後に一緒にバイトをして、いつものようにコーヒーを飲みながらアパートの近くの公園で話していた。話しながら、もう、こうすることもできないのか、と思ったら少しだけしんみりし、何となくお互い黙ってしまった。黙っていたらTくんがキスをした。びっくりしたとも、待っていたとも思わなかった。されるのが当然だし、もう一回できることもないと、妙に冷静な頭で思っていた。

 「しちゃった」

 えへへ、とTくんは笑っていた。わたしも好きな人からスキンシップを得た喜びと、Tくんが笑っていることが嬉しくて笑った。

 なぜTくんがキスしたのかは分からない。けれど知りたいとも思わなかった。恋人どうしでもなく、友人として深い仲でもないのに、自分たちはキスして当然の仲だと言う気持ちだった。

 

 

 夢で会ったTくんは最後に見た時と同じだった。夜道を自転車を押しながら送ってくれて、笑いながらいつものように「おやすみ」と一言くれ、わたしはアパートに帰った。そんな夢だった。

 後にも先にも、Tくんのような気持になれる関係性は築けないだろう。好きと言っても、不思議な気持ちになる。言いようがないから好きと言うかのような。

 遅い初恋を思い出した話。

 

 

 

 

結婚を悩む話

 結婚を持ちかけられたわけではない。

 しかし、思った以上に社会人の時間は早く過ぎるため、つい考えてしまう内容である。

 

 

 高校生くらいから漠然と、自分は結婚に適正がないような気がしている。

 まず、結婚するために相手を見るけることができない。

 モテる・モテないではなく、人付き合いの濁流に飛び込めない。流れのゆるやかなポイントを見つけることもできないのだ。また、運良く川の中に引っ張ってくれる人に出会えても、流れが変わるたびに手放してしまう癖がある。

 次に、いわゆる標準的で幸せな家庭像を理解できない。

 夫婦がいて、子供がいて、ペットがいてもいい。一軒家かマンションか…生活資金に困っている様子はない…なんて、なんとなく想像はできる。できるけど、結局それは作り物でしょう?という感覚がぬぐえない。「でも、憧れるよね」と言われても、それが良いものであるのか、感覚としても理解できないのだ。

 極めつけに、結婚後に望まれることが億劫というのがある。

 義実家との付き合いも、出産も、家庭と仕事の両立も億劫だ。出産しなければしないで、何か言われると考えると億劫だ。「嫁の努めだろう」なんて言われるのを想像してはげんなりしてしまう。

 掻い摘んで言うと、未熟だから結婚するに値しないと自己評価しているのである。

 

 これだけ見ると、結婚したくない方に傾いてるようにも見える。

 だけど「悩んでいる」のだ。当てもないのに。

 結婚したら(何事もなければ)死ぬまで好きな人を好きでいられる。好きな人のことを考え、好きな人のために生活できる。ロマンチックで、充足感がありそうだ。死ぬまで他人といることも興味がある。

 だけど、きっとできないのだ。飽き性だし、気分屋だし、面倒くさがりだから。

 何よりも、自分の好意や、自分に関係する生来のことで好きな人を拘束し、傷つけたくないのだ。それに毎日何組ものカップルが破綻している。破綻しなくても、無関心なつながりを続けている。こういうのを見ると、婚約に意味はあるの?って、疑問に思う。

 

 好きな人と一緒にいるだけなら、婚約しなくてもいい。家族じゃないと、何かあった時…という悲しいリスクはあるけれど、それでも婚約する必要を見いだせない。子供を産みたくないって強く思っているから、なおさら婚約はしなくていいと思うのかもしれない。

 

 じゃあ、何で結婚を悩むのか?

 はっきり言って、世間体である。

 それなりの歳に、それなりの相手と結婚して、それなりの収入を維持して、それなりに可愛い子を持って、それなりに育て、それなりに老け、それなりに死ぬ……価値がわからない。

 私はテンプレのような田舎に生まれ育ったため、女はさっさと結婚してさっさと子供を産むのが一番幸せ!と聞かされているし、実際に高校を出てすぐデキ婚した同級生も何人かいる。その子たちが幸せなのかどうかは、聞いていないから分からない。自分とタイプが違いすぎて、想像も難しい。ただ、幸せであって欲しい。

 

 こんなことを言うものの、俺が考える最強の価値ある人生プランがあるわけでもない。そもそも最初に言ったとおり、「標準的で幸せな家庭像」が理解できないから、結婚に価値をつけることができない。けれど、結婚できないとおかしいヤツと思われてしまう、それは嫌だと一丁前に怯えている。しかしそれ以上に、好きになった人の人生に責任を負いたくない。でも結婚しないと…の繰り返しで今日まで来てしまった。

 私は実力もないのに、プライドだけは高いのである。

 

 諦めるなら、早いうちがいいよなと思っている。気が変わった時に軌道修正しやすいだろうから。

 それまでに、結婚について明確なイメージを抱けるだけ成熟したい。

 

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